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「世界史」への道のり"外伝"
  〜大航海時代前夜〜

 「『世界史』への道のり」では、ヨーロッパの歴史とアジアの歴史とが交差する中東地域を中心に眺めて来ました。しかし、大航海時代以降は、(ヨーロッパ中心主義的な立場でいうと)ヨーロッパの勢力がアジアや新大陸に進出していくという側面が大きいため、その前提としてヨーロッパの成立した経緯を整理しておくことが重要です。ここでは、「『世界史』への道のり」の後半において、ヨーロッパで何が起きていたかを眺めていきましょう。この流れを押さえると、現在のヨーロッパの国々がどのような経緯で成立してきたかも理解することができるでしょう。


◆シーン4外伝 〜もう一つの民族移動〜
◆シーン5外伝 〜西洋の隙・蒙古の好機〜
◆シーン6外伝 〜中世ヨーロッパの形成〜


◆シーン4外伝 〜もう一つの民族移動〜

 中央アジアのトルコ化が進み、イスラム教とトルコ民族の融合が起こる中、西洋でもまた民族移動が起きていました。フン族に追われて移動を開始したゲルマン民族のうち、フランク族は、現在の独仏伊にわたる地域にフランク王国を築きました。この地に北アジアからアヴァール人が侵入してきますが、フランク王国のカール大帝はこれを退けます(796)。しかし、間もなくフランク王国は分割相続によって、西フランク、中フランク、東フランクへと分裂し(843年)、さらに、間に挟まれた中フランクの領土は、イタリア半島のみを残して東フランクと西フランクに割譲されました(870年)。
 東フランクでは遊牧系のマジャール人を撃退(955)したオットー1世が神聖ローマ皇帝となります(962)。神聖ローマ帝国誕生の4年後には、同国の勢力を危惧した民族が後のポーランドであるピアスト朝を建国しました(966)。また、オットー1世に撃退されたマジャール人は、先にヨーロッパに侵入していたフン族、アヴァール人とともに、ハンガリー王国を建国します(1000)。
 西フランク(後のフランス)ではスカンジナビア半島から侵入してきたノルマン人を撃退したユーグ=カペーがカペー朝を開始します(987)。また、ノルマン人はスカンジナビア半島に残ってスウェーデン、ノルウェー、デンマークを建国した他、フランス北部にノルマンディー公国を建国してイギリスへと侵攻しました。さらにノルマン人の一部は、東欧に進出してロシアの前身となるノヴゴロド王国・キエフ公国を建国しました。
 こうして、ヨーロッパでは、外敵からの防衛を果たした神聖ローマ帝国と西フランクが覇権を握ります。


◆シーン5外伝 〜西洋の隙・蒙古の好機〜

 西洋はイスラム勢力から領土を奪還するために、教皇主導の下で十字軍の派遣を続けていましたが、第4回の十字軍遠征では、出資者であるヴェネチア商人の手引きの下、同じくキリスト教国家であるビザンツ帝国を攻撃します。ヴェネチア商人らは、商業の要衝であるコンスタンティノープル占拠してラテン帝国を建国し、東洋に対する防波堤となっていたビザンツ帝国を一時断絶させることになりました。そして、アジアで勢力を拡大していたモンゴル帝国は、まさにこのタイミングで西洋への襲撃を行い、大きな被害をもたらしました。
 また、このとき十字軍へ参加したドイツ騎士団は、現在のドイツ北東部に領土を構え、ポーランドと争いながら勢力を拡大してプロイセンを形成します。


◆シーン6外伝 〜中世ヨーロッパの形成〜

 モンゴルの侵攻を辛うじて免れたヨーロッパでしたが、ローマ教皇が主導した十字軍の派遣は失敗に終わり、西欧各国の仲裁を行っていた教皇の権威は失墜しました。そして、フランスで繁栄していたカペー朝が断絶すると、紡績産業が盛んなフランドル地方を欲していたイギリスのエドワード3世は王位継承権を主張し、カペー朝分家のヴァロワ家との間で100年戦争に突入しました(1339〜1453)。100年戦争とはいえ、100年間継続して戦争を行っていたわけではなく、休戦期には、オスマン帝国と西欧諸国との戦いであるニコポリスの戦いにおいて両国が同じ陣営に属することもありました。100年戦争の勝者はフランスでしたが、イギリスは戦争中に移住してきたフランドル職人の毛織物技術を受け入れ、産業が発達します。また、フランドル地方は毛織物業が衰退しますが、イギリスの製品が大陸に輸出される際の流通拠点となり、以降、中継貿易によって繁栄することになります。
 他方、神聖ローマ帝国は未だに諸侯の集合体でしたが、15世紀後半にはオーストリアを本拠地とするハプスブルク家から代々皇帝が選出されるようになり、ハプスブルク帝国の基盤が整いつつありました。また、遥か昔にイスラム勢力圏となっていたイベリア半島では、キリスト教勢力による領土奪還(レコンキスタ)が試みられ、その中でスペインとポルトガルが誕生します。
 このようにして、中世ヨーロッパには、大航海時代以降に主役となる強力な国々が出揃いつつありました。